大判例

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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)251号 判決

原告

株式会社遠藤製作所

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成9年異議第72505号事件について平成10年7月2日にした取消決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「ゴルフクラブ用ヘッド」とする特許第2560272号の特許発明(平成4年12月18日に特許出願、平成8年9月19日に特許権設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

本件発明の特許について【H】が特許異議の申立てをし、この申立てにつき平成9年異議第72505号事件として審理が開始されたところ、原告は、平成9年12月8日に願書に添付した明細書の訂正(平成10年5月20日付手続補正で補正、以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は、上記事件について、平成10年7月2日に、本件訂正は認められないとした上で、「特許第2560272号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」旨の取消決定をし、同月16日にその謄本を原告に送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲(別紙図面1参照)

(1)  本件訂正前の本件発明

イ 請求項1

前面にフェースを設けると共に一側にシャフト取付部を設けたゴルフクラブ用ヘッドにおいて、ソールを形成し前面に前記フェースに対応して凹部を形成したヘッド本体と、前記ヘッド本体よりも比重の小さい材料により形成された板状金属材料により形成され前記凹部に嵌着されるフェース部材とからなり、前記凹部の周面を後側が広くなるように逆テーパ状に形成すると共に該凹部に前記フェース部材をプレスによって圧入し、嵌着することを特徴とするゴルフクラブ用ヘッド。

ロ 請求項2

前記凹部の底面に前記フェース部材の背面が当接することを特徴とする請求項1記載のゴルフクラブ用ヘッド。

(2)  本件訂正後の本件発明(以下「訂正発明」という。)

イ 請求項1

前面にフェースを設けると共に一側にシャフト取付部を設けたゴルフクラブ用ヘッドにおいて、前記シャフト取付部を一側に設けると共にソールを形成し前面に前記フェースに対応してトップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成し周面が連続した凹部を形成したヘッド本体と、前記ヘッド本体よりも比重の小さい材料により形成された板状金属材料により形成され前記凹部に嵌着されるフェース部材とからなり、前記凹部の周面を後側が広くなるように逆テーパ状に形成すると共に該凹部に前記フェース部材をプレスによって圧入し、嵌着することを特徴とするゴルフクラブ用ヘッド。

ロ 請求項2

窓孔を背面側に貫通した前記凹部の底面にチタンまたはチタン合金からなる前記フェース部材の背面が当接することを特徴とする請求項1記載のゴルフクラブ用ヘッド。

3  決定の理由

決定は、別紙決定書の理由の写しのとおり(ただし、10頁13行の「相違点2」は、「相違点ロ」の誤記と認める。以下、本判決においても、決定の定義に従い、「訂正請求項1の発明」、「訂正請求項2の発明」、「刊行物1」、「刊行物1発明」、「刊行物2」、「本件請求項1の発明」、「本件請求項2の発明」の用語を用いる。また、刊行物2記載の考案を「刊行物2発明」という。刊行物1発明については別紙図面2、刊行物2発明については別紙図面3各参照)、本件訂正請求は認められないとしたうえで、本件請求項1、2の発明は、いずれも刊行物1、2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした。

4  訂正発明の概要

本件訂正明細書には、訂正発明について以下の内容の記載がある。

(1)  「【産業上の利用分野】本発明は、通常アイアンと称せられるゴルフクラブ用ヘッドに関する。

【従来の技術】従来、この種のものは鉄を鍛造してソール、該ソールに対して所定の角度を有するフェース、シャフト取付部を形成し、この後にシャフト取付孔、磨きなどの加工を施して製作するものであった。このような従来のヘッドにおいては、スイートエリヤの拡大を図るためにヘッド後部のソール側を後方に突設させている。これはヘッドの重心を後方に位置させて、該重心とフェースの間の距離を大きくして、これに起因するスイートエリヤの拡大を図るためである。

【発明が解決しようとする課題】前記従来技術においては、ヘッドは同一材質によって形成されるものであるために、ヘッド後部のソール側を後方に突設させたとしても、ヘッドの重心を後方に位置させる場合には限度があり、大幅なスイートエリヤの拡大を図ることはできなかった。」(1頁15行ないし末行)

「本発明は前記問題を解決してスイートエリヤの拡大を図り、さらに強度の向上を図れ、しかも製造が容易なゴルフクラブ用ヘッドを提供することを目的とする。」(2頁14行ないし16行)

(2)  訂正発明は、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1、2の構成を備える。(1頁2行ないし13行)

(3)  「【発明の効果】本発明の請求項1は、・・・従来技術のような溶融金属の流し込みのための大型設備を必要とすることなく容易に製造することができ、さらに周面を後側が広くなるように逆テーパ状に形成した凹部にフェース部材をプレスによって圧入することによりヘッド本体とフェース部材を確実に固着でき、ショット時にフェース部材が離脱する虞はない。

さらに、本発明の請求項2は・・・、ショット時に加わる衝撃力をフェース部材を介して底面により確実に受けることができると共に、凹部にフェース部材をプレスによって圧入、嵌着する際に正確に行うことができる。」(6頁11行ないし7頁3行)

第3  原告主張の決定取消事由の要点

決定の理由Ⅰ、同Ⅱの1、2は認める。同Ⅱの3は、5頁14行ないし6頁10行を争い、その余は認める。同Ⅱの4の(1)は、訂正請求項1の発明と刊行物1発明とが、「前記シャフト取付部を一側に設ける」との点及び「凹部に前記フェース部材を嵌着する」との点で一致すること、刊行物1発明では「板材4は凹部にプレスによる圧入によらずに嵌着される」こと(相違点ロの認定の一部)及び各相違点についての判断と結論(9頁6行ないし9行)を争い、その余は認める。同Ⅱの4の(2)、同Ⅱの5は争う。同Ⅲの1は認める。同Ⅲの2の認否は、前記Ⅱの3と同じである。同Ⅲの3の(1)は、本件請求項1の発明と刊行物1発明とが、「一側に前記シャフト取付部を設けた」との点で一致すること、刊行物1発明では「凹部に前記フェース部材を嵌着する」こと(相違点aの認定の一部)及び各相違点についての判断と結論(15頁7行ないし16頁6行)を争い、その余は認める。同Ⅲの3の(2)、同Ⅲの4は争う。

決定は、訂正請求項1の発明について、一致点を誤認し、相違点イないしハについての判断を誤り、さらに、訂正請求項2の発明についての判断を誤って本件訂正が認められないとし、また、本件請求項1の発明について一致点を誤認し、相違点a、bについての判断を誤り、さらに、本件請求項2の発明についての判断を誤ったものであって、違法であるから、いずれの請求項についても取り消されるべきである。

1  請求項1の発明について

(1)  取消事由1(シャフト取付部を一側に設ける構成の一致点の誤認)

決定は、訂正請求項1の発明と刊行物1発明とが、ゴルフクラブ用ヘッドにおいて「前記シャフト取付部を一側に設ける」点で一致すると認定した。しかし、刊行物1にはシャフト取付部は示されていない。この点に関して、決定は、ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けることは周知であるとし、被告は、その根拠として二つの刊行物の記載を挙げているが、上記構成がたまたま、これらの刊行物に記載されていたとしても、それをもって上記構成が周知であることの根拠とすることはできない。また、ゴルフクラブヘッドにおいては、シャフト取付部を備えないものも知られている。このようなとき、ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けることが周知であるとすることはできない。

(2)  取消事由2(「嵌着」の一致点の誤認)

刊行物1発明においても嵌着部5が設けられ、この嵌着部5に板材4が無理なく嵌り込んでいる構成が採用されていることは、確かである。しかし、この嵌着部5は段部になっており、板材4はこの段部を利用して取り付けられている。すなわち、刊行物1の第1図で表われている板材4の四隅及び前記嵌着部5の四隅に○印で表わされたものは、止め鋲のような止め金具を挿入するための鋲穴であり、同第3図の断面図では、少し見にくいものの、この鋲穴に止め鋲が挿入され、板材4がヘッド本体1の嵌着部5に止め鋲により取り付けられている状態が示されている。

刊行物1発明の上記意味での「嵌着」は、訂正請求項1の発明の「凹部に前記フェース部材をプレスによって圧入し、嵌着する」という意味での「嵌着」とは、構成においても発想においても全く相違するものというべきであり、これを「嵌着」の概念の範囲内では同一であるとすることは、発明の対比における同一性認定の限度を超えるものである。

(3)  取消事由3(相違点イの判断の誤り)

イ 平成10年5月20日付全文訂正明細書(以下「本件訂正明細書」という。)には、「本発明は前記問題を解決してスイートエリヤの拡大を図り、さらに強度の向上を図れ、しかも製造が容易なゴルフクラブ用ヘッドを提供することを目的とする。」として、訂正請求項1の目的としてスイートエリヤの拡大を図ることが記載されている。すなわち、訂正請求項1の発明では、刊行物1の矩形の凹部に代えてトップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成し周面が連続した凹部を形成することにより、フェース部材をヘッド本体のフェースに最大限の面積を確保でき、この結果フェース部材により確実にゴルフボールをショットできるという作用効果が追求されている。そして、凹部の形状をトップ側からヒール側へ縦幅を次第に小さくする構成は、このような作用効果を得る目的があって初めて採用され得るものである。

ロ 決定のあげる実開平1-176467号公報(以下「甲第5号証刊行物」という。)には、「トップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成し周面が連続した凹部」の記載はない。

ハ ゴルフボールは、スイートエリヤ又はその近傍により打撃を行うものであるので、凹部の形状、ひいてはフェース部材は、スイートエリヤを中心とした円形とすることが当業者のごく普通に考えることである。また、「76年版世界のゴルフクラブ」(株式会社サンデーゴルフ社昭和51年4月20日発行)の156頁ないし157頁には、近代ゴルフ株式会社の広告として「スリンガー」と称するゴルフクラブが掲載されているが、上記ゴルフクラブのフェースは、トップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さくしたものではなく、ソール側へ次第に幅広くなる形状を有している。

ニ 以上のとおりであるから、凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成した点を、当業者のごく普通に考えることであり、また、周知でもあるとした決定の判断は、誤りである。

(4)  取消事由4(相違点ロの判断の誤り)

刊行物2の発明の第1実施例におけるチタン、アルミニウム、カーボン、カーボン繊維強化樹脂あるいはチタン合金等比重が4.5以下の材質のヘッド本体に真鍮、鉄、銅等比重が略8以上の材質からなるバランスウエイトを数万トンのプレス圧力で圧入する取付手段を、そのまま刊行物1の取付手段に置き換えた場合、フェース部材としての板材をヘッド本体よりも重い材料により構成することになり、重心が極端にフェース側にかかり、フェースにおけるスイートエリヤを著しく小さくすることになるので、このような置換えは、当業者にとって極めて非常識な発想である。

また、例えば、比重が大きいが比較的軟質の真鍮製板材を、比重が小さいが比較的硬いチタン製ヘッド本体の凹部に圧入した場合、板材側が圧入時破断されるので、この置換により板材を圧入嵌着することは、製作技術からみて不可能である。

これらの点に照らすと、刊行物1発明の取付手段を刊行物2発明の取付手段に置き換えることを容易とした決定の判断は、明らかに誤りである。

(5)  取消事由5(相違点ハの判断の誤り)

刊行物1には板材の金属板の材料が明示されておらず、例えば、アルミニウム製ヘッド本体とゴルフ業界でフェース部材として一般に用いられるカーボンFRP板(単なるFRP板は強度に劣るので、一般に用いられていない。)とでは比重に大きな差異がないので、ヘッド本体と板材(フェース部材)の材料の比重の大小等をどのように設定するかは、刊行物1発明からは容易に想到することができない。

さらに、フェース部材を固着する「圧入嵌着」には塑性加工が必要となるために、フェース部材を金属製とすることは、重要な技術的意味を有するものである。

したがって、決定の相違点ハの判断は誤りである。

(6)  取消事由6(作用効果についての認定判断の誤り)

フェース部材を凹部に圧入、嵌着する構成は、凹部とフェース部材との間に隙間が形成されたり、凹部とフェース部材との圧着力が不均等になるなどの弊害がなくなり、ショットの際に強力な耐力が必要なフェース部材を凹部に確実に固着できるという作用効果を奏するものであり、特に、凹部とフェース部材が圧入により確実に密着し、ボールを打撃するフェース正面側において凹部とフェース部材との縁にも隙間が形成されることがなく、固着力が向上する。このようなフェース部材が凹部に圧入、嵌着することによる作用効果は、刊行物1、2発明からは、当業者が容易に想到できないものである。

しかも、製造上、刊行物2発明のバランスウエイトは比較的大きいので比較的大型のプレス装置が必要となるが、訂正請求項1の発明においては、フェース部材は板状であるので、刊行物2のバランスウエイトに比較して小さく、したがって、比較的小型のプレス装置により製造することができるという、刊行物1発明に刊行物2発明の取付手段を置き換えただけでは到達し得ない顕著な作用効果も奏する。

また、訂正請求項1の発明のフェース部材とヘッド本体の比重の大小の点に関する作用効果は、刊行物1、2から予測し得ない。すなわち、訂正請求項1の発明では、比重の大きな金属材料を用いたヘッド本体に比重の小さな金属板からなるフェース部材を用いたことにより、ヘッドの重心を後方に配置し、かつ、ヘッド本体全体の軽量化、大型化を図ってスイートエリアを拡大しているが、上記作用効果は、刊行物1発明から予測しうる範囲を超えている。

(7)  取消事由7(本件請求項1の発明についての判断の誤り)

前記(2)、(4)、(5)、(6)(取消事由2、4、5、6)で述べたことと同様に、決定は、「嵌着」の一致点を誤認し、相違点a、b及び作用効果の認定判断を誤っている。

2  請求項2の発明について

(1)  取消事由1(訂正請求項2の発明についての認定判断の誤り)

イ 刊行物2発明では、ヘッド本体は、フェースの他にソール、ネック、背面をも備えた一個の金属体からなるものであって、ヘッド本体の厚みはヘッド自体の厚みとなっている。そして、このようなヘッド本体をバネ性があるチタン製としたとしても、打撃する側である厚いヘッド本体の容積、質量が大きいため、ゴルフボールのショット時の変形の自由度が小さくなり、フェースの反発作用が小さくなって飛距離を伸ばすことができない。このように刊行物2発明では、ヘッド本体をチタン製としたとしても、ゴルフボールの飛距離の向上を図ることに寄与していない。

これに対して訂正請求項2の発明では、フェース部材は板状であり、しかもフェース部材が圧入嵌着される凹部背面には窓孔が開口されているため、打撃する側であるフェース部材の容積、質量が小さいので、ショット時のフェース部材の弾性変形の自由度は大きくなる。このため、訂正請求項2の発明ではフェース部材をバネ性があるチタン又はチタン合金とすることにより、フェースの反発作用が大きくなりゴルフボールの飛距離の向上を図ることに寄与することができる。

したがって、決定の「フェース部材の素材をチタンまたはチタン合金とする点は、ヘッド本体の素材をチタン製とした刊行物2の記載から当業者が容易に思いつく程度のことと認められ」との認定は失当である。

ロ 訂正請求項2の発明では、凹部の背面側に達した窓孔によりフェース部材の底面が凹部の底面に当接すると、そのプレスの圧力がヘッド本体全体に加わり前記窓孔の壁面への圧力が内方に加えられるので、凹部とフェース部材との間の隙間がなくなり強固な固着状態となる。このような作用効果は、刊行物1、2発明からは、当業者が容易に想到できなかったものである。

(2)  取消事由2(本件請求項2の発明のついての判断の誤り)

前記(1)で述べたことと同様に、決定は、本件請求項2の発明についての判断も誤っている。

第4  被告の反論の要点

決定の認定判断は正当であって、そこに原告主張の誤りはない。

1  請求項1の発明について

(1)  取消事由1について

ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設ける構成が周知であったことは、特開昭61-293481号公報(以下「乙第1号証刊行物」という。)、実願昭61-87416号(実開昭62-197369号)のマイクロフィルム(以下「乙第2号証刊行物」という。)の記載により明らかであり、これを周知とした決定の認定に問題はない。

(2)  取消事由2について

決定の認定した「嵌着」の構成の技術内容は、本件発明のような「圧入嵌着」する構成のみを意味するものではなく、より広く「嵌着」一般を意味するものである。このことは、決定が、両発明における嵌着の態様の違いを相違点ロとして明確に認定していることから明らかである。そして、刊行物1から「前記凹部に嵌着される板材4からなり、該凹部に前記板材を嵌着する」という技術事項が把握されることは、原告も認めるところである。

したがって、「嵌着」の構成を採用した点において両発明が一致するとした決定に誤りはない。

(3)  取消事由3について

凹部の形状をヘッド本体のフェースの輪郭に対応して形成することは、当業者が設計に際してごく普通に考えることであって、刊行物1発明は、ヘッド本体のフェースの輪郭が略長方形であるから、凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅を略一定としていると認められる。そうすると、訂正請求項1の発明における相違点イの構成は、ヘッド本体のフェースの輪郭に対応させて当業者のごく普通に考えることであり、また、周知でもある。

(4)  取消事由4について

決定は、刊行物1発明のヘッド本体1や板材4の材質、あるいは刊行物2発明のヘッド本体1やバランスウエイト9の材質に注目して判断したのではなく、刊行物1発明のヘッド本体1と板材4の取付手段自体及び刊行物2発明のヘッド本体1とバランスウエイト9の取付手段自体に着目して判断したものであり、しかも、取付手段自体は、ヘッド本体及びこれに取り付けられる材の材質とは直接関係のないことであるから、決定の判断に誤りはない。

(5)  取消事由5について

刊行物1には、ヘッド本体1の材料として金属が、板材4の材料としてFRPがそれぞれ記載され、この両者の比重は、具体的な金属材料の記載がなくても、ゴルフクラブヘッドを構成する材料であることを考慮すれば、金属の比重の方がFRPの比重よりも大きいと考えるのが普通である。

また、ゴルフクラブヘッドのスイートエリアの拡大のためにゴルフクラブヘッドの重心をより後方に配置しようとすることは、ゴルフクラブヘッドにおける技術常識であって、刊行物1発明でも、金属材料を用いたヘッド本体の凹部に金属材料よりも比重の小さなFRP材板からなるフェース部材を嵌着させたことにより、ヘッドの重心は後方に配置されているから、それに伴ってスイートエリアの拡大が図られているのは明白である。

刊行物1発明に既にこのような技術的思想が見られる以上、フェース部材に金属を採用するに際して、それをヘッド本体の材料との関係で比重のより小さいものとすることは、容易になし得ることである。

(6)  取消事由6について

原告主張に係るフェース部材が凹部に圧入、嵌着することによる作用効果は、本件訂正明細書には何も記載されていないから、原告の主張は、明細書の記載に基づかないものである。また、上記作用効果は、周知の凹部の形状に対応するフェースを取り付けることによって当然に生じるものである。

(7)  取消事由7について

前記(2)、(4)、(5)、(6)(取消事由2、4、5、6についての被告の主張)で述べたことと同様に、決定には、「嵌着」の一致点の認定並びに相違点a、b及び作用効果の認定判断の誤りはない。

2  請求項2の発明について

(1)  取消事由1について

イ 刊行物2には、フェース部分を含むヘッド本体の素材をチタン製とすることが記載されている。そして、この記載があれば、フェース部材の素材をチタン又はチタン合金とすることは当業者にとって容易である。なお、決定が周知例としてあげる甲第5号証刊行物には、フェース部材がチタン合金である例が示されている。

ロ 刊行物1には、その第2、3図に、凹部の背面側に窓孔3を貫通させ、凹部の底面(嵌着部5)に板材4の背面が当接するようにするものが記載されている。

(2)  取消事由2について

上記(1)(取消事由1についての被告の主張)のロで述べたことと同様に、決定には、本件請求項2の発明についての判断の誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  請求項1の発明について

(1)  取消事由1について

乙第1(特開昭61-293481号公報)、第2号証(実開昭62-197369号公報)によれば、乙第1号証刊行物には、「典型的なゴルフクラブアイアンはネックすなわちホーゼルによってシャフトに装着された金属のヘッドを利用している。」(2頁右上欄17行ないし19行)として、ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けたゴルフクラブ用ヘッドが記載されていること、乙第2号証刊行物には、「ゴルフクラブのアイアンヘッドとシャフトの接合は、ヘッドにホーゼル部を一体に形成し、該ホーゼル部にシャフト挿入穴を設けて、該穴にシャフトを嵌入固着する手段と、ヘッドのホーゼル部にシャフト端の内径が嵌入する棒状突出部を形成してシャフトを嵌入固着する手段とが慣用である。」(1頁16行ないし2頁2行)として、ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けたゴルフクラブ用ヘッドが記載されていることが認められ、以上の記載によれば、ゴルフクラブのヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けることは、本件発明の特許出願時である平成4年12月18日当時既に周知慣用の手段となっていたことが認められる。そして、甲第3号証(刊行物1)によれば、当業者は、上記周知慣用の手段を前提として、刊行物1(とりわけ、第1図)から、「ヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けたゴルフクラブ用ヘッドにおいて、前記シャフト取付部を一側に設ける」との技術事項を把握するものと認められる。

原告主張のとおり、シャフト取付部を備えないものが知られているとしても、そのことによって、ゴルフクラブのヘッド本体の一側にシャフト取付部を設けることが周知慣用の手段ではなくなるものではない。

したがって、訂正請求項1の発明と刊行物1発明とが「前記シャフト取付部を一側に設ける」との点で一致するとした決定の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

甲第3号証によれば、刊行物1発明には「嵌着部5」が存在し、その嵌着部5に板材4が無理なく嵌り込んでいることが認められるから、当業者は、刊行物1から、ヘッド本体のほか、「凹部に嵌着される板材4からなり、該凹部に前記板材4を嵌着する」ことを特徴とするゴルフクラブ用ヘッドという技術事項を把握するものと認められる。

原告は、刊行物1発明の「嵌着」が嵌着部に板材を挿入して止め鋲で固着する意味であることを前提に、これを訂正請求項1の発明の「凹部に前記フェース部材をプレスによって圧入し、嵌着する」構成とを比較して、両者が異なる旨主張する。しかし、刊行物1発明も訂正請求項1の発明も、圧入するか否かは相違するものの、いずれも嵌着しているという点では異なるものではないから、原告の主張は採用することができない。

したがって、両者を「凹部に前記フェース部材を嵌着する」との点で一致するとした決定の認定に誤りはない。

(3)  取消事由3について

甲第5号証(実開平1-176467号公報)によれば、甲第5号証刊行物には、「ヘッド本体の打球面部を形成する超弾性合金の薄板を、別材料で成形されたヘッド本体に接合する場合には、周囲を残して環状に刳貫き形成されたヘッド本体の打球面部に相当する開口部を閉塞するように超弾性合金の薄板を接合する構造を採り、」(5頁19行ないし6頁4行)との記載と共に、ヘッド本体のフェースの輪郭がトップ側よりヒール側へ縦幅が次第に小さく形成され、これに対応して、凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅が次第に小さく形成したゴルフクラブ用ヘッドが図示されていることが認められ、また、あるもの甲に凹部を設けてこれに他のもの乙を取り付けようとする場合、凹部の形状を甲の形状に従わせることは自然な発想の一つである。これらの事実によれば、ヘッド本体のフェース部の周囲のみを残し、フェース部の輪郭に対応して凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅が次第に小さく形成することは、当業者がごく普通に考えることであり、また、周知でもあることが認められる。

原告は、凹部の形状、ひいてはフェース部材は、スイートエリヤを中心とした円形とすることが当業者のごく普通の考えることであり、また、トップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さくしたものではなく、ソール側へ次第に幅広くなる形状のフェースを有しているゴルフクラブもある旨主張するけれども、原告の主張するところは、凹部の形状については前記周知の構成以外の着想も存在するということにすぎず、前記認定を左右するものではない。

(4)  取消事由4について

イ 甲第4号証(刊行物2)によれば、刊行物2には、ゴルフクラブヘッドにおいて、ヘッド本体とバランスウェイトを強固に結合、固着する目的のために、ヘッド本体の凹部の周面を後側(バランスウェイトを圧入する方向)が広くなるように逆テーパ状に形成すると共に、その凹部にバランスウェイトをプレスによって圧入し、嵌着する技術が開示されていることが認められる。そうすると、相違点ロに係る訂正請求項1の発明の構成は、刊行物1発明のヘッド本体と板材との取付手段を刊行物2発明の取付手段に置き換えて、当業者が容易に想到し得たものと認められる。

ロ 刊行物2に接した当業者にとって、刊行物2発明におけるヘッド本体及びバランスウエイトの材質を離れて、そこに示された取付手段自体に着目することに格別の困難はないということができる。そして、上記刊行物2発明の取付手段自体に着目した当業者において、これを凹部とフェース部材の取付に転用する場合に、刊行物2発明におけるヘッド本体とバランスウエイトの材質をそのまま使用することなく、上記取付手段にふさわしい各材質を発見するであろうことは、見やすい道理というべきである。したがって、材質の差を根拠とする原告の主張は、失当である。

(5)  取消事由5について

イ 甲第3号証によれば、刊行物1には、「この板材(4)は金属板でも良いが、FRP板でも良い。」(1頁下から2行ないし末行)との記載があることが認められ、上記事実によれば、フェース部材の素材として金属材料を使用することは普通のことであることが認められる。したがって、相違点ハに係る訂正請求項1の発明の構成は、刊行物1発明から当業者が容易に想到し得たものと認められる。

ロ 原告は、ヘッド本体と板材の材料の比重の大小等をどのように設定するかは容易に想到することができない旨主張する。しかし、弁論の全趣旨(とりわけ、「板材4をFRP板で形成した場合には、その板材が金属製ヘッド本体1よりも比重の小さいのは明らかであり、」との決定の認定判断について当事者間に争いがなく、また、原告が、フェース部材としての板材をヘッド本体よりも重い材料により構成することについて、「重心が極端にフェース側にかかり、フェースにおけるスイートエリヤを著しく小さくすることになるので、・・・当業者にとって極めて非常識な発想である。」(第3、1(4))と主張している事実)によれば、当業者は、板材4を金属板で形成した場合でも、当然に金属製ヘッド本体1よりも比重の小さいものを使用するものと認められるから、原告の主張は採用することができない。

さらに、原告主張のとおり、フェース部材を固着する「圧入嵌着」には塑性加工が必要となるために、フェース部材を金属製とすることは、重要な技術的意味を有するものであるとしても、そのことは上記判断に影響を与えるものではない。

(6)  取消事由6について

原告は、トップ側よりヒール側へ縦幅を次第に小さく形成し周面が連続した凹部を形成することにより、フェース部材をヘッド本体のフェースに最大限の面積を確保でき、この結果フェース部材により確実にゴルフボールをショットできるという効果を奏する旨主張するけれども、上記効果は、ヘッド本体のフェース部の周囲のみを残し、フェース部の輪郭に対応して凹部の形状をトップ側よりヒール側へ縦幅が次第に小さく形成するという周知の構成から容易に予測できるものである。

また、原告主張に係るフェース部材が凹部に圧入、嵌着することによる作用効果は、甲第4号証により認められる刊行物2の効果の記載から当業者が容易に予想することができたものと認められるし、比較的小型のプレス装置により製造することができるという作用効果は、フェース部材がバランスウエイトに比較して小さいとすれば、自明であって、これまた当業者が容易に予想することができたものというほかはない。

さらに、原告主張に係るフェース部材とヘッド本体の比重の大小の点に関する作用効果は、前記(5)ロの認定に係る弁論の全趣旨により、当業者が容易に予想することができたものと認められる。

以上、要するに、原告主張の作用効果は、いずれも、いったん訂正請求項1の発明の構成が採用されてしまえば、その構成から予測することに何の困難もないものばかりである。

(7)  取消事由7について

前記(2)、(4)、(5)、(6)の認定事実によれば、決定には、本件請求項1の発明についての認定判断において、原告主張の誤りはないものと認められる。

2  請求項2の発明について

(1)  取消事由1について

イ 甲第4号証によれば、刊行物2には、「ヘッド本体1はチタン製で・・・このヘッド本体1の打面に相当するフェース部2には横溝3を形成する。」(4頁4行ないし7行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、刊行物2発明のフェース部を含むヘッド本体は、チタン製であることが認められる。そうすると、板状のフェース部をヘッド本体とは別体とした場合にも、フェース部材の素材をチタン又はチタン合金とすることは、当業者が容易に想到することができたものと認められる。

原告は、フェース部を含むヘッド本体をチタン製とした場合と、フェース部を板状とした場合との飛距離の向上の相違を主張するけれども、原告主張のような相違があるとしても、上記認定に係る刊行物2の記載からすれば、板状のフェース部をヘッド本体とは別体とした場合にフェース部材の素材をチタン又はチタン合金とすることが想到困難ということはできない。

ロ 甲第3号証によれば、刊行物1には、窓孔を背面側に貫通した凹部の底面にフェース部材の背面が当接するという構成が記載されていることが認められる。

なお、原告は、「窓孔を背面側に貫通した凹部の底面にフェース部材の背面が当接する」との構成によって、凹部とフェース部材との間の隙間がなくなり強固な固着状態となる旨主張するけれども、上記作用効果は、基本的には、プレスにより圧入し、嵌着するフェース部材が塑性変形してヘッド本体に固着されることにより達成されるものであって、刊行物2発明から当業者が容易に予想することができたものと認められる。

ハ したがって、原告の主張は、採用することができない。

(2)  取消事由2について

前記(1)の認定事実によれば、決定には、本件請求項2の発明についての認定判断において、原告主張の誤りはないものと認められる。

3  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は、いずれも理由がなく、その他決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6  結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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